グローバルのヒント
木暮知之のインサイト
自由になるために、準備する ― 『VIVANT』堺雅人さんの演技に見るプロジェクトマネジメント
『VIVANT』が面白い。
ストーリーはもちろんですが、今回、私が特に引き込まれているのが堺雅人さんの演技です。乃木憂助、別人格のF、そしてリュウ・ミンシュエン――。1人3役。同じ顔、同じ身体なのに、画面に現れた瞬間、まるで違う人物に見える。撮影では、午前中に乃木を演じ、午後にはリュウを演じることもあったそうです。
どうしたら、こんなことができるのだろう。興味を持って堺さんのインタビューや発言を調べてみると、ある興味深い考え方に行き着きました。
堺さんは、相当な準備をする役者です。台詞を繰り返し素読し、すべて覚え、無意識にできるところまで身体に染み込ませる。滑舌を磨くため、言葉を母音に置き換えて発音する練習も行う。
ところが、これほど準備する堺さんが大切にしているのが、
「ルールを決めない」というルール です。自分のやり方をあらかじめ固定せず、そのときの現場のみんなでルールを決めていく。
徹底的に準備する。しかし、準備した通りに演じることには固執しない。
この一見矛盾する考え方を知ったとき、私は思いました。これは、プロジェクトマネジメントと同じではないか。
PMにとっても準備は欠かせません。スケジュールを作る。リスクを洗い出す。ステークホルダーを分析する。会議のシナリオを考え、想定される質問への回答も準備する。
しかし、プロジェクトが準備した通りに進むことの方が珍しい。突然、お客様の考えが変わる。海外のメンバーから予想もしなかった意見が出る。昨日まで正しかった前提条件が、今日には変わる。
そんなとき、「計画ではこうなっています」と言い続けるだけでは、プロジェクトは前に進みません。相手の反応を見る。その場で何が変わったのかを理解する。そして必要なら、準備していたシナリオを捨てる。これは「行き当たりばったり」とは違います。
十分に準備しているからこそ、予定外のことが起きたときに自由に動ける。
そして、経験を積んだPMほど気をつけたいのが「自分の成功パターン」です。「前回はこれでうまくいった」「この場合は、この方法が正しい」「私はいつもこうやっている」
経験は大きな武器です。しかし、それがいつの間にか自分を縛る「ルール」になることもあります。特にグローバルプロジェクトでは、自分にとっての「当たり前」が、相手にとっての当たり前とは限りません。人が違う。会社が違う。文化が違う。だからこそ、自分の正解を相手に当てはめるのではなく、一度、相手の世界から物事を見てみる。
私たちがリーダーシップ開発で取り組んでいる「PM Global イマーシブ・リアリティ研修®」も、そこを大切にしています。自分とは異なる立場や役割に入り込み、その人なら何を見て、何を感じ、どう判断するのかを体験する。
考えてみれば、俳優が役に入り込むことと、少し似ているのかもしれません。乃木、F、リュウ・ミンシュエン。堺さんは異なる人物としてその場に立ちながら、あらかじめ決めた演技を再現するだけではなく、相手や現場から受け取ったものに反応する。グローバルなプロジェクトでも、同じではないでしょうか。
準備は徹底する。でも、準備した答えには固執しない。
自分の軸は持つ。でも、自分の型にはめない。
堺さんの「1人3役」の秘訣を知りたくて調べ始めたのですが、気がつけば、プロジェクトマネージャーとして大切にしたいことを教えられていました。
準備とは、未来を予定通りにするためだけのものではない。
未来が予定通りにならなかったときに、自由に動くためのものなのだ。
『VIVANT』を見ながら、そんなことを考えました。
