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グローバルのヒント

グローバル・コネクター

2020年4月23日

第5回 「知る、理解する、好きになる、の順で」原田幸之介さん

今回のゲストは台湾を中心に日本酒の普及・販売を手掛ける企業を経営する原田幸之介さんです。

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木暮 大手百貨店に入社された当時はどんな時代だったのでしょうか。

 

原田 学生時代は関西でアングラ演劇に明け暮れており、卒業後は舞台関係の仕事に就こうと思っていたのです。ところが祖父から東京に呼び出され、「こちらでお世話になります、と言ってこい」の一言で東急百貨店に就職することに。入社後は、先輩の厳しい指導を受ける私に同情してくれる同期や同僚もいたようですが、「ここで辞めたらもったいない、いじめられ損だ」と耐えているうちに、仕事が面白くなってきました。

 

木暮 礼儀作法などを厳しく?

 

原田 商品知識に関することです。糸を触っただけでそのメーカーが分かるほど商品を知れ、という感じでした。

 

木暮 それからマーケティング部門に。

 

原田 直属の上司に引っ張ってもらったことがきっかけです。当時は「百貨店不要論」もあり、東急グループもブランド力の低下が指摘されていました。販売の現場では工夫とアイデアを振り絞っていましたが、自分としての満足感が得られなかったこともあります。台湾に赴任したのですが、現地との合弁話が決裂して2年で撤退が決まりました。30歳ごろのことです。都市としての魅力を感じた台北で一旗揚げたいと思うようになり、現地に残留できるようにグループ内の広告代理店への移籍を希望したのですが難色を示され、そこの台湾法人に現地採用の条件で移りました。

 

木暮 そこまで台湾にこだわったのは?

 

原田 まだ1年半しかおらず、「何も見ていない、ここで帰るのはもったいない」という気持ちでした。当時は海外志向が盛んな時期でした。

 

木暮 私の海外赴任は流れに任せただけです。就職した銀行ではロンドン支店への異動を言い渡されましたが、それは始発と終電とで往復するような新人生活のご褒美だと思っています。

 

原田 そちらの銀行には私も台湾でお世話になりました。現地では資生堂や雪印のブランド戦略に力を入れました。「現地に合ったマーケティング」ということに力を入れました。日本側の意見を押し付けるだけでは台湾のメンバーのプライドが傷つきますから。

 

木暮 現地スタッフの抵抗感も分かりますか。

 

原田 相手の腑に落ちていない感じです。上司の指示を受けた当事者同士のコミュニケーションはうまくいきませんし、不信感が増幅することに気付き、自分の言葉で伝えようと必死で中国語を勉強しました。

 

木暮 生の意見を聞くのが大事ですね。

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原田 通訳を通すと大事な部分が抜けることもありますし、時差もできます。言葉が分かると相手に対する理解力も上がるという好循環が生まれました。中国語ができる日本人は当時では珍しかったため、現地の日本人コミュニティで知られるようになっていきました。

 

木暮 中国語の習得が分岐点だったわけですね。言語はそれを使う人の考え方のもとになるわけですからね。

 

原田 中国語で論理構成するようになりますね。話していても声の調子が高くなったりと、人格が変わっていく感覚もあります。現地の言葉を使うとサービスが良くなることもあります。そのうちに、別の日系広告代理店から声がかかり、転職しました。そこで日本の調味料メーカーや精密機器メーカーのマーケティングなどを手掛け、足掛け11年余りを台湾で過ごしたのち、帰国しました。

 

木暮 日本でもマーケティング畑を。

 

原田 日韓ワールドカップのスポンサー企業を担当した後、2002年7月に愛知万博の協会事務局に出向しました。それ以降は、開催された全ての万博に携わりました。2008年のスペイン・サラゴサから上海(2010)、韓国・麗水(2012)、ミラノ(2015)、カザフスタン・アスタナ(2017)万博までの日本政府パビリオン「日本館」の運営やプロデュース業務などです。

 

木暮 万博で日本を売り込む場合、現地とのギャップはありますか。

 

原田 万博で「主催者の意向VS日本が打ち出したいテーマ」の構図になることがあり、現地の興味を事前に調査することが重要です。言いたいことも違いますし、言えないことも出てきます。

 

木暮 落としどころを見つけるわけですね。

 

原田 忖度も大事ですが、制約があれば燃えます。その方が知恵も出ます。

 

木暮 プライドのぶつかり合い?

 

原田 両方に尊敬がないと、ぶつかれません。

 

木暮 対等でもあることですね。

 

原田 全知全能な人は誰もいません。自分にできない部分があれば「そこはお任せ」とする方がいいのです。

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木暮 全く同感です。私の好きなラグビーの世界でも、フォワードとバックスはそれぞれの役割を任せます。

 

原田 何事にも首を突っ込みたい人がいますが、個人の能力の範囲は限られますし、全体の仕事の規模がその人の容量以上にはなりません。優秀な人はボールを離したがらないですが、私は「パスすれば相手の注意もそらせるのに」と思います。本当に優秀な人は「この領域は、あなたに任せるよ」というタイプです。

 

木暮 ブランディングでは、相手に合わせる感覚も大事になりますか。

 

原田 日本の見せ方についていえば、昔のように最先端技術を誇らしげに見せるような時代ではもうありません。日本館に来るのは、子どもから老人まで幅広い上に、日本パビリオンを初めて見る、というのが前提です。日本の何を知ってもらい、どう見てもらうか。食べ物や着るものは、分かりやすい入り口です。まず知ってもらい、次に理解してもらう。そして好きになってもらう。例えば6歳の子が楽しくなければ、それは誰にとってもつまらないものだということだと思います。日本館では「知る」「理解する」「好きになる」という3つのゾーンに展示を分け、最後に日本の良さをかみしめてもらえるようにそれぞれ演出も変えます。「幼稚に降り過ぎず、高尚になり過ぎず」を意識し、素直に真剣にやります。

 

木暮 劇作家の手法と通じますね。面白い展示は印象に残ります。

 

原田 五感に頼ることも大事です。パビリオンでは腐葉土の踏み心地を味わってもらったり、現地の柑橘(かんきつ)類とブレンドした日本茶の香りを楽しんでもらったりと工夫を凝らします。

 

木暮 メッセージ性もあります。

 

原田 記憶に残る、文化と文化の交流です。日本の政治家の中には海外に梅干しを紹介するひともいますね。

 

木暮 舞台演出が「国」のブランディングというステージまで広がったわけですね。現在は台湾で日本酒の売り込みをされているとか。

 

原田 台湾にも日本酒の愛好家はいましたが、女性や高学歴・高収入の層にニーズが多いことが調査で判明しました。「5年ほどで軌道に乗せたい」という方針も現地の関係者に理解してもらいました。日本酒に合うメニューの提案や蔵元を招いたディナーなど記憶に残るイベントを行っています。ユーザーの好みに合いそうな銘柄を提案するので人気です。

 

木暮 興味を引きますね。

 

原田 200人ぐらい会員ができました。今年中の300人到達が目標です。(おわり)

 

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