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グローバルのヒント

グローバル・コネクター

2022年7月14日

第61回「自分を肯定する」前川裕奈さん

さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは、女性雇用の研究者として渡ったスリランカとの出会いをきっかけに起業し、現在は現地女性たちの作るフィットネス・ウェアを販売するアパレルブランド「kelluna.」(ケルナ)の代表を務める前川裕奈さんです。(写真はいずれも本人提供)

フジサンケイ・イノベーションズアイでも好評連載中です。

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木暮 幼少期は海外で過ごされたそうですね。

 

前川 日本で生まれたのですが、父の仕事の関係で5歳から海外で暮らしました。帰国直後は日本の学校になじめず、帰国子女が多い中高一貫校に進みました。受験勉強に身が入らず目標を失いかけていたとき担任の先生から「慶応大はイケメンが多くパーティー三昧らしいよ」とそそのかされて、がぜんやる気になったんです。

 

木暮 いいですね。立派な動機です。

 

前川 10代の自分には十分なモチベーションになりました。ひとつだけ残念だったのは、入学した後にイケメンとかはどうでもよくなってしまったことですね。大学生のころ、父が単身赴任するインドネシアを訪ねる機会があったんです。路上で物を売ったり、物乞いをして生活せざるを得ない子どもたちの姿を見て衝撃を受けました。大学へ進学できる自分がいる一方で、満足な教育が受けられない人がいる。その光景がきっかけで「もっと広い世界を見たい」と思い、在学中にアフリカへ留学しました。

 

木暮 アフリカ?

 

前川 西アフリカのガーナです。専門的な勉強をしていたわけではなく「知らない世界を見たい」その一心です。自分が幼少期を過ごした欧州とは全く異なる世界がアフリカには広がっていました。一夫多妻制といった社会制度の違いをはじめ、幼子を育てるために売春せざるを得ない10代の母親がエイズウイルス(HIV)に感染してしまうという現実です。国民が十分な教育を受けられず、希望する仕事に就けない。お金を稼ぐ手段がない。そうした現実を目にしたとき、自分が受けてきた教育を何とか社会に還元できないかと思うようになりました。

 

木暮 大学院でジェンダー論を学ばれていますね。

 

前川 いったん就職してから大学院で途上国の識字率や進学率の向上について研究しました。アフリカでは女性が教育を十分に受けられないために就職できず、危険な仕事について命を落としてしまう「負のループ」から抜けられないのを見ていました。その悪循環から抜け出すための鍵が、かねて教育だと思っており「教育と女性」の領域で問題が深刻化していることが分かってきました。例えば、生理用品を買うことができずにいる女性が制服に血液が付いてしまうのを懸念して学校を休む。そうして学校に行かない日がひと月で1週間もあると、次第に授業についていけず通学をあきらめるようになる。身体的な問題も含め、より多くの困難に女性は直面しているんです。20歳前後が結婚適齢期とされ、専業主婦になるのが当たり前とみなされる地域や女性の進路として大学や大学院への進学が選択肢にない社会もある。こうしたジェンダー(社会的性差)問題を掘り下げて研究してみようと思い、在籍する大学院の交換留学制度を使って後期は渡米しました。

 

木暮 日本の教育機関との違いは感じましたか。

 

前川 それまでも一生懸命に勉強していたつもりでしたが、受け身の姿勢やインプット(知識・情報の収集)が多かったことに気付かされました。米国の大学院はアウトプット(発表・表明)の場。驚くほどクラスメートは勉強しています。留学制度を使って日本から編入した学生とはレベルが違いました。当初は身の回りの出来事に自分の脳みそが全くついていけない状態です。情報を十分に詰め込んで米国に渡ったはずなのに授業ではひと言も発言できない。英語は話せるので、語学力の問題ではないんです。様子を見かねた担当講師は講義の内容が不満なのかと心配してくれたのですが、「そうではない」と伝えてもなかなか分かってもらえない。自分の思いを「言語化」するのに半年間ほど苦労しました。

 

木暮 思考の言語化はコンサルタント業でも求められます。頭の中を整理する必要があり、難しいですよね。

 

前川 友人たちとのディスカッションの場を通じ、思いを言語化するのにも慣れ、次第に研究の質が上がっていくのを感じていました。大学院で勉強する傍ら、世界銀行でインターンとして働いている中で自分自身のキャパシティ不足を感じ、学業を全うするのが怪しくなってきたことがありました。世銀での経験は今後のキャリアに不可欠であきらめたくない。そこで送り出し機関である日本の大学院に「このままだと卒業できないです。どうしましょう」と聞いてみたんです。

 

木暮 交渉してみたわけですね。どうなりました?

 

前川 日本側からは「全科目でAプラス(優)の成績を取らなくてもよいのだから、単位は落とさないように」と諭されました。

 

木暮 お互いのプライオリティ(優先順)を妥協しながら最高の到達点を目指すのが交渉ですよね。

 

前川 歩み寄りですね。ギリギリで単位が取れました。

 

スリランカで伝わった思い

木暮 世銀ではどんな仕事をされたのですか。

 

前川 発展途上国の女性向け職業訓練学校の実態に関するリサーチです。調べてみると、ハウスキーピング(家事)や縫製に関する授業が多いという偏りがありました。受講生に将来の目標を聞くと「医師になりたい」と答える。講義と医学との相関関係が理解できずに真意を尋ねてみたところ、彼らは「病院でベッドメーキングをしていれば、いずれ医療関係者に見出されて医師への道が開ける」と言うんです。経営学を受講しないでホテル経営者を目指している学生もいました。学校での進路指導がなく、野心があっても進路を間違えて選んでいる女性が多い。そのため労働市場に出られなくなっているんです。けれど、親も必要な情報を持っていないし学校でも教わらないので、情報格差が経済格差を作り上げてしまっていました。

 

共に働くスリランカの女性たちと前川さん(中央右)

共に働くスリランカの女性たちと前川さん(中央右)

 

木暮 そうした思いもあってスリランカの女性を起用して起業されたんですね。

 

前川 世銀でインターンに採用されたのも、カフェテリアにチラシのように勝手に置いておいた自分の履歴書が運よく日本人職員の目に留まったのがきっかけです。インドで研究をした際にもいろいろと助けてもらいました。幸運と仲間の助けで何とか成り立っています。

 

木暮 事業を立ち上げるときの現地の人の反応はどうでしたか。受け入れてもらえたのですか。

 

前川 スリランカでの求人募集には仕事の内容よりも「日本人の事業だから」という理由で高待遇を期待した人からも多くの問い合わせがありました。面接を重ねてメンバーを選びましたが、採用された彼女たちもスリランカにかける私の決意や意気込みに当初は半信半疑だったのでしょう。仕事があるうちに手っ取り早く収入を得たいと考えるのは理解できます。事業を始めた頃は受け入れてもらえなかったですし、私も十分に受け入れていなかったのかもしれません。ただ、そうした関係も2019年に発生した連続爆破テロ事件がきっかけで大きく変わりました。

 

木暮 現地にいらしたんですね。

 

前川 幸運にも間一髪で難を逃れたのですが、知人の多くが事件に巻き込まれたことで気持ちがふさいだ時期がありました。そんな時に彼女たちは「あなたは家族なのだから、精神的に不安定な時は一緒にいてあげたい」と言ってくれたんです。スリランカ人が使う「家族」という言葉の重みを知っていただけに本当にうれしく感じました。さらなる治安の悪化を恐れて日本人を含む多くの外国人が撤退・帰国したようですが、彼女たちに救われた私は日本に帰ろうとは全く思いませんでした。そうした私の様子に彼女たちの接し方も変わってきたのが分かりました。

 

木暮 思いがあれば伝わるんですね。途上国への支援という観点で気を付けていることはありますか。のめり込む人もいらっしゃる一方で、傍観者であるというスタンスを取ることもできる。活動内容に線引きをされたりしているのでしょうか。

 

前川 実は「助けよう」と思ったことは一度もないんです。彼女たちに助けられているという自覚がある。日本人である私は「お客さん」でもありますが、みんなでこの事業を持続させたい気持ちが強く、恩返しを続けたい。できるだけ現地の常識や基準に合わせつつ、販売市場が日本だということも意識する。お互いの関係性が対等になるバランスは難しいですね。

 

木暮 今後は事業をどのように展開させていきますか。

 

前川 フィットネス分野を選んだのは、かつて私自身が拒食症に悩んでいたことがあり、その延長で「フィットネス」とうまく付き合えずにいた過去があります。米国では「内なる自信が大事」ということに気付けました。体を無理して変えるためのフィットネスではなく、心が笑顔になるためのフィットネスこそが本当のライフスタイルだと感じました。自分の体形を気にするのでなく、肯定し続ける。そうした前向きな気持ちを思い出すための存在としてブランドのテーマに「self-love(セルフラブ)」を掲げています。この「自分を肯定する」というメッセージは女性だけに対するものではありません。男性もself-loveの視点を持てます。「筋肉質のほうがかっこいい」「人前で泣いてはいけない」といった日本特有の「であるべき論」や価値観にとらわれている人も社会には多々います。見た目だけではなく生き方を含めた固定観念を払しょくできると、より多くの人が生きやすくなれるのでは、と信じています。kelluna.では物販と情報発信を通じて多くの人の背中を押してあげられる存在を目指し続けていきたいです。(おわり)

 

前川さん(右)はフィットネス・ウェアを通じて前向きなライフスタイルを提案している。

前川さん(右)はフィットネス・ウェアを通じて前向きなライフスタイルを提案している。

 

※前川さんが代表を務めるフィットネス・ブランド「kelluna.」が7月26日から8月1日まで西武渋谷店(東京都)でポップアップストアを開催予定。

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