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グローバルのヒント

木暮知之のインサイト

2026年5月8日

なぜ「役」を演じた参加者は衣装を持ち帰ったのか?——イマーシブ・リアリティ研修で見えた人間の本能

今回は久しぶりに「イマーシブ・リアリティ研修」についてお話しします。
 

この研修の最大の特徴は、参加者が「自分ではない誰か」になりきり、ビジネス上の課題に当事者として向き合う点にあります。例えば「高圧的で他人の意見を聞かないパワハラ部長」といった、普段の自分とは正反対のキャラクターを演じてもらうこともあります。

 

研修の導入前によくいただくのが「うちのスタッフは役者ではない。演じるなんて無理なのでは?」という不安の声です。しかし、結論から言えば、その懸念は一度も現実になったことはありません。

 

なぜなら、人間には潜在的に「自分とは違う誰かになってみたい」という変身願望——いわば「役者への本能」が備わっているからです。
 

社会学者のアーヴィング・ゴフマンは「社会で生きること自体が演じるプロセスである」と説き、シェイクスピアもまた「人はみな役者にすぎない」と喝破しました。私たちは日常の中で、無意識に「社員」「親」「友人」などの役を演じ分けているのです。

 

ある研修での出来事が忘れられません。「こんな芝居ごっこに何の意味があるんだ」と強く反発していた参加者がいました。しかし、いざ研修が始まると、その参加者は誰よりも役に没入し、最後には「この役が気に入ったから」と、使用した衣装を大切そうに持ち帰ったのです。

 

「自分を解き放ち、他者の視点で世界を見る」という体験は、それほどまでに強烈で、心地よい解放感をもたらします。よく「パワハラ加害者は自覚がない」と言われますが、もしその人が一度でも「被害者役」を全力で演じたなら、二度と同じ振る舞いはできないはずです。

 

イマーシブ(没入型)な体験を通して得た他者理解は、座学で学ぶ知識よりもはるかに深く、心に残ります。私たちは思った以上に、誰もが「名役者」になれる素質を秘めているのです。